培養肉をつくるる研究が各国で行われ,実用化に向けて動いていることはご存知でしょうか.
コスト面を筆頭に,実用化に向けて克服すべき様々な課題が残されていますが,これらがイノベーションによって解決の糸口が見出されれていけば,実用化されるのも時間の問題とも考えられています.
しかし,培養肉と聞くと,まだよくわからないということから,脊髄反射的に気持ち悪いというイメージを持たれる方もおられるかもしれません.
培養肉は,その知名度の低さからまだSFの世界での食材というイメージを持たれるかもしれませんが,ここ数年の研究の進展と参画企業の増加の動きを追っていくと,まったく遠い将来の夢物語とも言い切れなくなっています.
そこで今回は,実用化に向けての進展が著しい培養肉(Cultured meat)についてみていきたいと思います.
出典:インテグリカルチャー プレスリリース
畜産業が原因の環境負荷が培養肉であればなくなる?
培養肉が流通するようになれば,社会や消費者,生産者にとってどのようなメリットがあるのか,にわかに想像できない方も多いのではないでしょうか.
実は,培養肉が流通することによって環境負荷が大幅に改善されると言われています.環境負荷の原因のひとつでもある温室効果ガスですが,ナチュラルにみえる畜産業からも大量に排出されています.
温室効果ガスの発生源は,どちらかというと製造業などが主体とのイメージがあるのかもしれません.
しかし,ウシが呼吸することによって排出されるメタンガスも温室効果ガスになり,地球温暖化の大きな原因となっています.また,畜肉を維持するには,家畜の餌として多くの農作物を必要としており,食糧の生産効率や環境負荷のことを総合的に勘案すると,現行のままの畜産業は持続可能性という面で大きな課題を抱えています.
しかし,培養肉であれば,生きたウシやブタなどに与える大量の農作物が不要になり,温室効果ガスとして懸念されているメタンガスの排出もなくなります.より効率的でかつ環境負荷の少ない畜産業への転換が地球規模で求められる中,畜肉の培養肉への置き換えが実現すれば,社会を大きく変革しうる,偉大な畜産革命として名を残すことになるのではと思います.
出典:日本細胞農業協会 プレスリリース
培養肉のメリットと今後の課題について
培養肉は環境負荷を軽減できるメリットがあり,世界各国で研究されていることでもあります.しかし,まだまだ課題が残されており,実用化に向けて問題解決が求められています.一つ目の課題は上記でも紹介したように培養肉という言葉の響きがどうしても食材というイメージが持たれないことです.
このように感じてしまう人が多くいると思われ,実用化されても中々食卓などに並ぶことが考えられないことです.いくら環境に良い培養肉であっても一人の個人としては環境への配慮をそこまで考えている人も少なく,チェーン店などでは流通が始める場合が多いですが,スーパーなどでの購入率は高くならないのではないでしょうか.そのため,培養肉の流通成功には世間の悪いイメージを払拭できるような宣伝をすることが求められます.
二つ目の課題は,畜産業やえさとして使用される穀物を製造している農業に影響が出てしまうことです.培養肉が成功すれば必然的に畜産業が衰退してしまい,最終的には消滅してしまうことも考えられます.また,えさでもある穀物を作っている農家にとっても痛手となる可能性も高く,畜産業や農業に関する補助などをどのようにするかを考えることも必要になってきます.
社会的インパクトの大きい画期的なイノベーションにかんしては,歴史を紐解いても既存の産業を根本から変えていっています.それでもその産業構造の大きな変化の中で人々は適応し,生き延びてきました.
私見ですが,培養肉の技術は,既存の畜産業を大きく変えることになりますが,ウシやブタを飼育する行為そのものが完全に消える訳ではないと考えています.イメージとしては,既存の畜産業者は培養肉のもととなる細胞の供給元として残りつづけ,畜産業者が培養肉の生産業者にシフトしていくという流れです.
時代と流れとともにいくつもの職業が失われていますが,自分の職業が奪われることに対し不安や不満などが出てしまうことも多いです.けれども,二酸化炭素濃度が上昇し続け,気候変動が日常のものとなり,人口増が続くなかで飢餓や貧困をなくしていくためには,既存の産業構造のイノベーションを起こし社会を変えていくしかないでしょう.
一見メリットよりも課題の方が多いイメージがありますが,培養肉のメリットでもある環境負荷の軽減はいくつもの課題をクリアしてでも得なければならないメリットでもあるため,将来培養肉が実用化されることは間違いないと思います.
メタンガスや二酸化炭素などの温室効果ガス自体を浄化させるような夢のような技術があれば培養肉の必要性もなくなりますが,そのような技術を確立させるということよりも,現実的にいかに温室効果ガスの増加をテクノロジーを駆使して歯止めをかけ,減少の方向にもっていくことで再生へのロードマップを走らせていくことが必要なのだろうと思います.
日本でもインテグリカルチャーなどで培養肉などの研究がされている
培養肉の研究などは,ほとんど海外での話と思っていらっしゃる方もおられるのではないでしょうか.
実際,海外のスタートアップが力を入れて培養肉の完成に向けて研究を行っている例が目につきますが,日本においても,インテグリカルチャーという会社が「細胞農業」と冠して,様々な企業とパートナーシップを結んで培養肉にかんする応用研究を行っています.
特にここ1,2年の動きを見ると,省庁レベルでも細胞農業に関する注目度が高まってきているのがみてとれます.培養肉というそのため,培養肉が実用化されるのは海外だけの話ではなく,日本でも近い将来,コスト面での課題がクリアになってくれば培養肉が流通し普及のフェーズに入るものと見込まれます.
人工イクラのように,ミミックのような形で導入されていくのか,加工食品の具材のひとつとして組み込まれていくのかはわかりませんが,技術的な課題がクリアになれば,普及するのは時間の問題だと思われます.仮に日本での普及が遅れたとしても,海外から先に導入が始まり,結果として日本でも流通するようになり,これまでの畜肉をステーキなどで食べること自体が希少価値になるのではと思料します.
また,食用としての培養肉だけではなく,化粧品原料などの用途としても,汎用的に普及していくものとみられます.インテグリカルチャーは,培養技術を研究用途から一般消費財へ普及させるコスト面での技術開発によって,様々な社会的価値を創造していくものと期待しています.
培養肉がハラール認定され実用化される日は近い!?
イスラム教の教義にはハラールという決まりがあります.イスラム教は牛肉などを食べることが禁止されており,食べることで宗教を裏切る行為でもあるため,罰せられることもあります.
しかし,培養肉の場合は,生きている動物を殺して加工した肉ではないことから,命を消していることにはなりません.そのため,培養肉はハラール認定されている食材となる可能性が高く,イスラム教でも牛肉などを食べることが可能になるかもしれません.イスラム教徒の人でも畜肉に興味がある人も少なくなく,今後培養肉が実用化されればイスラム教徒の人たちにとっては食事の概念が大きく変わることが予想されます.